地震




数学の大天才が東大を卒業して地震学の世界的権威者となり、当然教授となった大森房吉。僅か2歳下の今村明紀恒は助教授がいた。 ただ、官僚的になった大森、やや扇動的と見なされ夜帝大に来る今村( 22年間無給という )どちらも関東大震災を予知できなかった。
大森はオーストラリアに出張中に知り帰国直後死去。今村は戦後まで研究を続けた。
現在、地震の予知学問研究よりも防災にシフトしているようなところがある。
イタリアでは地震予知が不完全として学者が逮捕されている。鹿児島では明治初期、桜島噴火を予知出来なかったとして、測候所は信用されていないそうだ。残念ながらこれ等に対応する行動は難しい、私達がそれに適応していないし、適した行動が取れないからだ。