遺書代わりのブログ

2026年。元気で生きていたい。

1月2日

gannhati


私はタコ揚げもしたことがなく、やっとこさコマが回せる程度の駄目な子供だった。単に情けないと言わないでください。ベイゴマの勝ち負けで親の月収を上回って借金した同僚もいたとか?


当時の参賀日は往来も止まり静かなものだった。朝湯のために川を渡って歩いて行きました、明るい内から風呂に入るのも可笑しなものですが、正月の楽しみでした。


横浜の叔父のところに年始に行きましたが、田圃の中を1時間も走る電車に乗るのは少し・・・当時の電車には郵便車が接続されていました。(夜汽車の音も聞いています。)


何か正月は静かな思い出が沢山残っています。


追伸。下駄と足袋、霜柱と練炭撒き。説明しても容易にはわからないでしょう、けれど時代は少しづつ進歩しているようです。

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