遺書代わりのブログ

2026年。元気で生きていたい。

島田 叡

gannhati

島田 叡(あきら)。戦前最後の沖縄知事。当時、知事選挙はなく任命制だったという。 しかし、敗戦あるいは死を回避して拝命せず、内地に帰ったという。だが島田はこれを受けた。良く言えば逃亡を拒否して沖縄知事を拝命した。
80年近くなって、映画、著作が出ても・・・でもこんな男がいた。(私の好きな男だ)

知事になった時、既に米がなかったという、台湾より調達したという。(台湾へは、海軍の航空機でいっている。海軍司令官の協力があった。) 島田は東大卒、内務省に入省。人脈を使ったという。  そして洞窟から出た後、未だに消息不明。(一説によるとピストル自殺というのもあるが) 歴史ははっきりしていないが、七面六
膚の活躍だったであろう。


あそび。米一俵は360食分。米1トンは一人6666食分、
100人66食分、1000人だと6食分、僅かに2日分。
当時沖縄の人口は30万人、台湾から集めた米は450トン、1ヶ月相当という。

×

非ログインユーザーとして返信する