遺書代わりのブログ
2026年。元気で生きていたい。
歌川広重の江戸名所百景では亀と描かれている。葛飾北斎の「富嶽36景」 深川万年橋の絵、太鼓橋の下から富士山が見える。川幅50m程の小名木川を跨ぐ太鼓橋の絵で、向こう岸は箱崎。 小名木川は小名木四郎兵衛(達)が開削した長さ5km程の運河です。 亀は万年という洒落でひっかけている。江戸期、万年と言う言... 続きをみる
鰐淵晴子、津川雅彦。 美空ひばり、石浜朗。 内藤洋子、?? 踊子は時代のアイドル。 昭和初期、田中絹代、五所平之助監督作品。まだ弁士のいる無声映画、白黒映画、100年前でさえ温泉宿の面影を求めて伊香保にまで出掛けてロケ撮影している。 島崎藤村、川端康成、石坂洋次郎の作品は若者の気持ちに触れているよ... 続きをみる
伊豆の踊子を見た。カットしたのかチョッと前のものとは違った印象。東京オリンピック前年の日活映画。(1963年) 相当古臭さを感じるが吉永小百合、高橋英樹共演。大坂志郎、浪速千恵子がしっかりと脇を固めていた。 十朱幸代、南田洋子、宇野重吉の顔も見えた。 この映画だと思っていたが、港の岬から魚市場を... 続きをみる
イスラム教のスンニ派、シーラ派と言っても、興味の無い私には何度聞いても判り辛い。どうもこの派閥は教祖の引き継ぎに端を発しているようだが、日本でも "お家騒動”は今でもあるようです。 その為に国家が別れたり、2000年に渡り、間断なく戦闘を続けている。でもお山の大将ゴッコに似て... 続きをみる
1万石から大名扱いとなるそうだ、結構幕末期たくさんいた。現在からみても人口1万人、年間予算(経費)?10億円・・・合わない面もありあすが、町規模のイメージでしょう。 8000石のエリートが功績により1万石になったもの。比較的小大名でも、更に分家しても大名家を継続したものなど多い。でも、決まりがあっ... 続きをみる
かき氷。安価な風物詩、葭津張りの簡易囲いの夏を思い出す。 今はフラッペと呼ばれ大きいし高価。でも若人はそれを何気なく味わっている。 息子は大のソフトクリーム好き、私の想像を遥かに越えた高価なものを求めている、私の分も用意してあれば少しは異なった考え方をしたかもしれない。 ラーメンも笊蕎麦も主役にな... 続きをみる
紛い物。九谷焼、備前焼、志野焼き、韓国青磁、旅行のお土産としてサイドボードに飾られている。土産として購入するのならば悪くはないだろう。 必ずしも茶碗のみならず、マグカップや銘々皿でも良いだろう。 白洲正子のように使ってこそ価値深い、あるいは池波志乃のようにセットで作り揃える人もいる。むしろ陶芸の... 続きをみる
南米パラグアイ。10年位まで鉄道SLが走っていた、しかも燃料は薪。 大正初期の機関車がいまだ健在。我が国の場合、SL修理でも工場はない、修理員がいない、勿論部品がなっかたりと文字通り大変。(ちょっと前 SLに乗車するために大井川鐵道まで行った) ついでに転車台(ロータリー)を見るのもよいだろう... 続きをみる
小学校入学前の話ですから、60年前のことですか。甲州街道の東側の家屋で10人程の職人さんが、回転焼きよろしくせんべいを作っていました。今もある ¨モミジ ¨ の形をした名物品。でも、機械式となりアルバイトのお嬢さんがいるだけ、袋詰、箱詰まで機械。人間の労賃一人年間、500万円として... 続きをみる
長い目でみると色んな物が見えてくる。 若い頃から金が無いと言い続けきた知人。何か見習わなくていけないような気がしたが株や馬券に使っていたようだ。 22歳~23歳で結婚し子供を設けた友人、なんの憂いも見当たら無い人生かと思っていたが息子が結婚もせず・・・詰まり自分と同じ姓を継ぐ人がいないと心配してい... 続きをみる
藤原道長。有名な短歌が残っているが、病気で満月を観ることはなかったとろうと専ら考えられている。どうやら飲水病(糖尿病)が当てはまる。となると貴族達の食事、宴会、果ては衣服装束による運動不足まで語られている。 学者でも医師でもない私が判断できるのは、一型糖尿病、つまり先天的な病だったろう。何故なら道... 続きをみる
初孫。(ういまご) と言うらしい。だから初陣も(ういじん)らしい。 私はひどく重んじて守っている。 もう初陣と言う言葉も事実上死語。 はつまご・・・私も正真正銘のお爺様。母親が生まれて100年目、もし私の歳まで生きたら22世紀を見れる。 今、帝大卒業の演奏者がいたり、エリート教育は英米に留学させる... 続きをみる
1900年直後(日露戦争後)からソ連は革命という影で、粛清という殺人が行われている。ともかく毎月1名等という数値ではない。12×100=1200等言う・・・桁が違う。スターリンだけで3000万人とも言われている。政敵、ライバルは勿論のことNo2だって葬ってしまう。最近でも、ワグネルや反... 続きをみる
この間テレビ放映を見て、エジプトのスフィンクスに見入っていました。 100年前まで、ナイル川の畔にあったようです。まぁ現地に行ってみれば少しはわかるのでしょうが、ピラミッド自体かなり都市化されたところにあるようです。 スフィンクスも砂嵐に埋まり何度となく掘り起こされて現代に至っているようです。紀元... 続きをみる
雅楽。宮内庁、大神宮、何故か結婚式場にもある。1500年前半島から渡って来たらしい、何でもあまり上品な人々の音楽でなかったという。 想像だが、駄菓子屋で販売されていた、ブーブー笛のような簡単なリードで音を出し音階順に束ねたもの、或いは穴によって音階をつけるものもあった。只、音は小さく何故か改良もな... 続きをみる
「丈夫これ名馬」菊池寛が言った有名な言葉。どんなに名馬でも足を骨折しようものなら、競馬場内で強制臨終。種馬や乗馬クラブに引き取られれば20年位の余生があるらしい。 アメリカで活躍する某選手、この日全打席無安打、無出塁でもチームは勝利。これを見た解説者、思わず言った。「怪我しなくて良かった。明日があ... 続きをみる
アルバイトの関係で東海道に馴染みがあるものの中仙道には縁がない。東海道ならば順不同でかなりの宿場町が言えても中仙道は皆目言えない。 タモリのギャグの一つに、旧中山道を1日中 山道とNHKアナウンサー・某が読んだと言うのがある。中山道は東海道と比べると川止め等なく、予定通り目的地に行けると案外人気ル... 続きをみる
足利尊氏。木下藤吉郎。織田信長。武田信玄。今川義元。 この人々の子孫はいまどうなっているのか? 全家徳川、江戸時代終了まであった。何故か高家という名目で江戸城に出入りしていたようだ。 足利氏、吉良上野も末裔、当然上杉家も明治迄存続している。日露戦争以後、元将軍の乃木希典が足利氏の子孫に明日の授業内... 続きをみる
東京芸術大学のあと、朦朧派(もうろうは)と呼ばれる横山大観、下村観山、菱田春草が茨城五浦に籠って絵を描いた。どう考えても颯爽とした日々を考え勝ちだが実際は飢えという言葉と紙一重。《西洋でも自らが感じたまま描く、印象派と呼ばれる画家達が台頭して来ている》 一説よると横山大観は絵を描くのは旨くはなかっ... 続きをみる
私、小学生まで体が弱2ケ月に一回扁桃腺をはらし、抗生物質を打ち込んでいました。ただそれだけでした、以後はデブでしたが体力勝負でなんとか乗り切りました?? でも、困ったこともありました。記憶がないころの免疫がわからないのです、あれだけ医院に行っていたのだから、当然免疫を持っているだろうという判断のみ... 続きをみる
テレビの普及前、野外映写会なるもの校庭で行われた。テニスかバレーネットの様に中央に大きなスクリーンを立てた。観客はスクリーンを挟むように両側にいた。 多分、一方向で見たのでは遠く小さく見にくくなるより、少々左右逆になろうとも、その方が良かったのだろう。多分筵が敷かれていたかもしれなかった。でも立見... 続きをみる
ベラルーシ大統領は言いようによっては〇〇だ! ウクライナに国境を接し首都にもかなり近い。もしベラルーシ軍隊が隣国に雪崩れ込めば3日で終了したかもしれない。 だが、ベラルーシ大統領はロシアの腰巾着、それでいてノラリクラリと参戦はしていない。ロシア大統領が立腹しているようだがともかくベラルーシはみてい... 続きをみる
アメリカがユダヤ人に牛耳られ、戦後はイスラエルを支援しているようにみえる。 ヨーロッパがきな臭い時、なけなしの財産でアメリカに亡命? キューバでなにやら支払わされ、アメリカで停船待機させられるも、上陸出来ず結局ヨーロッパに帰された。しかし、大陸側を選択した人々には収容所に行った。 元々居たのか、こ... 続きをみる
晩年の祖父、安物の羊羮を噛って抹茶を飲んでいたという。利休宗匠が聞いたらなんというのだろうか? そこの茶は宇治茶のベースのなる産地、味は良かったのだろう。 母達姉妹は、2駅先の城跡近くまで茶道、華道を習いに行ったそうだ、小学校入学前に通ったそうだ。田舎のこんな町にもそんな風情が残っていた。(息子の... 続きをみる
明治人が偉く、大正人が弱いと言う風潮が漠然とあった。だから、太平洋戦争で負けた、そう思っていた。思わされていた。 日露戦争の将軍、参謀、その上に立つ政治家は江戸末期生まれの人達だった。当時明治生まれの人でも30歳前半、20歳位なら東条英機、山本五十六がいる。 大正期に起きた第一次世界大戦ではチャー... 続きをみる
7月6日は退院後7年目に入る。若干日付がずれているのでヒョットしたらひょっとしているかもしれないが・・・ 40年以上昔、親父様は発病から7年で逝去。看護婦は大笑いして聞いていた、話があまりにも古すぎるそうだ。 医療体制が大きく異なります技術進歩も著しく向上しているらしい。一寸嬉しくなった。 親父様... 続きをみる
浮世絵、美人画と役者の大首絵はあまり好きではない。大体馬面で同じような顔付きがどうもなのである。鈴木春信でも代わり映えしていない。 歌川広重。1枚の風景画の中に物語があるように見える。 川瀬巴水のように何も語らない、説明不可のような絵が多い、降雪中の中に立つ赤い五重塔・・・・傑作名作だそうだ。 建... 続きをみる
京都・梅小路機関のあたりが平清盛の屋敷があったという。六波羅蜜寺は今もあるが周囲には平家一族郎党がいた。 当時、鎌倉は竪穴住居に住んでいたらしい? 柱、梁は作るのに理解できるが、板製作はわからない? 幕末期の 北斎の浮世絵の中に大木を鋸引きしている描かれて絵がある。3×6版( 畳一枚 ... 続きをみる
暑い日が続いていますが、歩く路には桜、ハナミズキ、ツツジ様々私の日々を楽しませてくれます。病院から見える景色より和みの意味合いが大きく異なります。 子供の頃から、結実した実を見ないと、咲き誇る花だけでは容易にわからないけれど、それでも自然を愛でています。 これってツツジですか? とてもお気に入り... 続きをみる
業界や地方によって微妙に異なる言葉を統一した、 "済みません" なんて住んだのか、電話が終ったのか非常に分かりにくい。 インパール作戦、副官の軍事用語を聞き付け東条英機は許可した。完全無欠な作戦にも拘らず白骨街道という言葉が80年後も消えずにいる。 陸軍大学卒業、間違えなくエリ... 続きをみる
米一俵は50kg程。約4ケ月分。約120日分。(暗算上350食分とする。) 安政大地震では1回20万人の食事を供給したとある。1回分、570俵(190石)を消費する。(1日当たり570石。) 甲州・武田信玄は兵員2万人を引き連れて三方原に出陣、毎食57俵、2ヵ月とすれば57×60&t... 続きをみる
金沢八景、歌川広重画伯が現地に足を運んで描いている。 「武蔵金沢八景」と呼ばれるパノラマのようなスケッチを書いているが、昼間のものという。これを分散して八景としているが、中国の瀟湘八景、近江八景、のように鐘、雁、雪、帰帆等八つに分けている。 いずれにせよ、商売になるように描いている、僅か150年前... 続きをみる