遺書代わりのブログ

2026年。元気で生きていたい。

関東大震災

gannhati


大正年代今に語られる大地震が起きた。亡父は勝鬨橋近くにいた、一族集まって筏(川並)を生業としていた。  柳家三亀松が沖合のイカダに避難したことに一致していた。親父達は浮かんでいた蠟と竹を使ってローソクを作り販売しようとした時、祖父に一喝され配ったという。           義父はというと茨城から都内の親類の家から登校していた、翌日上京のつもりが震災で延期。だから震災は土曜日だった。


震災には数々のエピソードを生んだ。地震を体験するや否や山梨に行き、皿をリヤカーで運び上野でカレーライスを売りまくった。当時、慶應学生だった森脇氏( 政界の黒幕 )。

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