遺書代わりのブログ

2026年。元気で生きていたい。

女工哀史異聞

gannhati

哀史と言えば悲しい感じですが、そうでないことも耳にしました。郷土には女工が身投げした池や沼が今日まで残り、たとえ埋めても跡地には建築物が建たない伝説めいたものがある。     高山市から野麦峠を越えると長野市だが高山の女性が女工になる苦労話が映画化されたようだが、わらび餅が唯一の現金化だったそうだが、女工の月収により現金が身近になったといえる。


我が郷土にも女工問題はあった、月給というシステムで女工のみならず、そこで働く男まで小銭を持つことになる、当然風俗良俗に触れて警察が乗り出し騒動だったとか。労働にブラック企業が今日まで続く、「哀史」否定はしない、サラリーウーマンの魁だったこと確か。


おまけ。女工達は3食付きの寮生活、味噌汁と漬物は自社で作ったようです。女工がいなくなって、絹を織らなくなって味噌醸造、漬物工場として観光バスが煩雑に出入りしている所もあるようです。(山際にレンガでトンネルのように掘った食糧庫に保管、冷蔵設備のないころ重宝したのだろう、そんなトンネルを私は見た。)

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