遺書代わりのブログ

2026年。元気で生きていたい。

天気晴朗波高し

gannhati


テレビドラマ “坂の上の雲”を見ていた、司馬史観を研究する学者がいたりして妙にダイナミックに拡がっている。でも精度の高い歴史であっても所詮は歴史小説であって教科書ではない。

1975年頃最終であったろう。すでに半世紀が経っている、新発見、解釈の相違もあるだろう、国民の抱いている物語性もあろう、一つ一つ暴いたところで小説にはならないだろう。

その小説の一例。203高地は乃木大将が無能で、児玉源太郎の作戦が優秀であったと対比して描かれているが現実はそうではなかったようだ。

歴史学者は明治末期の黴臭い話を、半ば放置していたものに、寄って集って協議研究したように思えてならない。歴史は往々にしてそういうもの。

東郷平八郎が日高壮之丞との連合艦隊司令長官選出時、激しく決闘状態だったとされているが、日高は健康状態が悪くもっと円満解決だったという。

おまけ。「杉野はいずや!」の旅順港閉塞の名場面、広瀬は戦死しているが、杉野は1970年頃まで存命。広瀬を祭る神社が現存、運営が存続している。
おまけー2。この時、軍神という言葉が初めて使われた。軍神という言葉は上司の筆先、総じて作戦失敗を意味
している。

×

非ログインユーザーとして返信する