遺書代わりのブログ

2026年。元気で生きていたい。

竹輪・行商

gannhati


豊橋では竹輪が今でも名産品だが商品にならない雑魚を練物として作った。30~40 本を箱に入れ隙間に塩を詰め長野に移送、長野では塩を使い野沢菜を作った。立派な 貿易産業だろう。 野麦峠のイメージが女工哀歌に繋がるが今回は漬物と味噌の話。
 工員の賄いの為に作られた謂わば自家製品で販売目的ではなかったらしい。
家で味 噌を作ったことがあるが、意外なほど塩辛くなかった。

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