遺書代わりのブログ

2025年。元気で生きていたい。

ベネチア

テレビ放映をボート見ていたら、18世紀にピークを迎えた街で、日本流に言えば元禄時代の街が世界的観光地になっている。然もベネチアに住みたがる人が増加しているという。( ハイデルベルクも何倍という人口増加がある )何となく屋根や壁が古びて見えるのもそのせいか?
元禄期いや終戦までの東京だって運河が利用されていた、沢山埋め立てられたが近年堀巡りの船も出ている。 首都高速は堀の上を走行している。


ベネチアの水に関心があった、意外にも雨水を貯めて集めてポンプで汲み上げたり、4階~5階の建築物も水周りは一階、トイレも多くは一階、飲水、洗面ならばピチャーで運んでいたようだ。( イギリスではエレベーターの無い5階建てホテルがあるそうだが、そのあたりが人間の生活限界かもしれない )        私の時代、先生方も現地を知らず教壇に立っていたようで、そう言う私の一言だって音楽家のフォスター、イギリス、ベネチアの記録映画の繋ぎ合わせの記憶です。

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