遺書代わりのブログ

2025年。元気で生きていたい。

永田鉄山

昭和10年夏、白昼陸軍省内で永田鉄山が暗殺された。10年存命していれば一期下の東条英機の出番はなかったろう。いや半年開戦会議延びていれば、ソビエト侵攻し冬将軍に苦しんでいるドイツ軍の苦戦を知れば日本は安易に行動ができたであろうか?  ( バスがね・・・)
永田鉄山がいればアメリカとの戦争はなかった  ・・・といわれている。??


幼年学校2位、陸士首席、陸大2位で卒業。2度の欧州派遣でアメリカも見ているし、ドイツ語も堪能という。 意外にも軍人としては身体が弱く、体育等余り成績は良くなかった。
見識も高く、バランスの取れた軍人だったという。


永田は長野県諏訪出身。今、高島城内の神社に彼の銅像が立つ。

×

非ログインユーザーとして返信する