遺書代わりのブログ

2025年。元気で生きていたい。

国際電話

12年前でしたか。息子が初めて学校の遠足?でイギリスへいった時だった、当時の現地の携帯電話もレンタル製で、然も高価。仕方なく国際電話を宿舎より掛けてきた、音も悪く元気にしている以外よくわからなかった。  翌年のドイツ遠足も携帯電話で電報文が送付できたとかできなかったとかの程度。 
更に翌年、遠足はなかった、バックパッカーになってリックを背負ってヨーロッパを旅した。1ヶ月に及ぶ航空機、鉄道、ホテルなどの手配は国内で済ました。満足に言葉も出来ず、金も無くジャムの瓶をぶら下げての旅・・・・革命が私にも解った。スマートフォンで写真画像が送られてくる。( どうも、無料らしい?)  スイス到着。ベルリン降雪。時差の関係で日本は早朝だった。


ある朝、行かない予定のベネチアの画像が届いた。100km手前の、ベローナまで行っているのに・・・強くは言えず送り出したが、ちょっぴり嬉しかった。次の日息子が元気に帰ってきた。    今、旅行を生かした職業についた、そこで伴侶も得た。

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